第32回 ぐんまこどもの夢大賞 童話部門・最優秀賞
「水鞠の落とし物」
作:久保 琴音さん (前橋市立原小学校 6年)
「今年は雨が降らねぇなぁ。」
おじいちゃんが境内の掃き掃除の手を止めて、雲一つない空を見上げてつぶやいた。
私はまいたばかりの朝顔に水をたっぷりあげながら答えた。
「梅雨明け、まだなのにね。参道のアジサイも、なんだかぐったりしているよ。」
ここは水明神社、水神様をお祀りしていておじいちゃんは宮司をしている。
水明神社は由来によると、大変な日照りから土地を守った白い大蛇に感謝して約千年前に創られたそうだ。そのせいか分からないが、この辺りに大きな川はないけれど、澄んだ水が点々と湧き出ていて農業用水やちょっとした観光名所にもなっている。
私は両親が休日も仕事の時は、神社近くの祖父母の家へ泊まる事も多い。そして朝の神社の掃除や雑用を必ず手伝う。
「さて、水やり終わったか?片付けをして家にもどるか。」
おじいちゃんが汗をふきながら言った。
「うん、終わったよ。片づけたら、ちょっと水精池に寄ってから戻ってもいい?」
「いいよ。じいちゃんはお客さんが来るから先に行っている。ゆっくりしておいで。」
と、おじいちゃんはニッと笑って言った。
私は高い木々に囲まれた水明神社が好きだ。青みがかった瓦がのった社殿は派手な色彩は無いけれど細かい彫刻がぐるりとしてある。
社殿から少し奥に、大人三人でやっと抱えられそうな二本の大杉がある。その杉の間の根元からはコポコポと軽やかな音を立てて湧き水が流れていて、その先の泉に流れ、さらにキラキラと小川になって境内を流れていく。
「水精池」はこの泉のことだ。泉の水底からも、ふわんふわんと砂を巻き上げて清水が湧き出ている。見ていると、心がしんと落ち着いて、それでいて元気が出てくる。
「よし、戻ろう。」
声に出して足を踏み出すと、キラッと何かが光った。小石の間に何か挟まっている。つまんで出してみると、大きさが五百円玉位の薄く平べったい物だ。うっすら青くて透明でまるで水精池の水面をそのまま切り取ったようにきれいだ。硬いけれど少し弾力がある。
大杉からこぼれる日の光に透かして、しばらく見ていると、とつぜん、
「ナイ・・・ココニモ・・・ナイ・・。」
人の声のような、鳥の鳴き声のような小さな声が聞こえた。ドキッとした。湧き水のすぐそばのシダのしげみが揺れている。青い何かがピョンと飛び出した。鳥だ、カワセミだ。
「あ・・・。」
私は久しぶりに「何かの声」を聞いて少し怖くなり、早足で祖父母の待つ家へ戻った。
家に戻ると、おじいちゃんが客間でだれかと話しをしている。何だか真剣な声だったので、そっと台所に行くと、おばあちゃんが大好きな鍋を洗っている。
「おばあちゃん、ただいま。」
声を掛けると、おばあちゃんは振り向いて、
「お帰りなさい。冷蔵庫に麦茶と水まんじゅうがあるよ。お昼前だけど、食べていいよ。」
と笑って言った。
水明神社は毎年三日が月次祭だ。その日には必ず、おばあちゃん手作りの水まんじゅうをお供えする。明後日が月次祭だけれど、私は学校なので別に作ってくれたらしい。
私は麦茶をコップに入れながら、
「ねえ、おばあちゃん、さっき水精池でカワセミ見たよ。」
「あぁ、あのこね。五月くらいからちょこちょこ見るね。かわいいでしょう。」
「・・・なんか、しゃべってた。」
私が言うと、おばあちゃんは「あら」と言ってフフッと笑った。
私は時々、「何かの声」が聞こえる。小さい頃はその事をそのまま大人や友達に話していたが、三年生くらいになると笑われたりウソつきと言われ、いじめられそうになったので口に出さないようにした。「何かの声」の話をするのは祖父母の家にいる時だけだ。
「自治会長さん、お帰りになったよ。」
と、おじいちゃんが台所へ入ってきた。麦茶を入れて出すと、すぐにゴクゴク飲んで「ごちそうさま」と言ってから、
「碧水湖の近くに、去年キャンプ場が出来ただろう。ゴミがだいぶ落ちているらしい。それとな、前から気になっていたんだが、碧水湖の水位がずいぶん低くなっている。」
と言って、小さくため息をついた。
碧水湖は湧き水が流れ込む美しい小さな湖で、湖のほとりには湧き水をくめる場所があり、休日は遠方からも人が並ぶ。
「今まで、水が減ったことなんて無いわ。」
おばあちゃんが言うと、
「あぁ、減ったことは無い。それに湧き水くみの順番待ちでトラブルも起きているそうだよ。碧水湖は水明神社の分社もあるし、対策しないといけないな。」
と言って、どこかに電話を掛け始めた。
祖父母の話を聞きながら、私は水精池で拾ったものを、カワセミの事を考えていた。もしかして、「ナイ・・」と探していたのは、これじゃないのかな。はっとそう思うと、いてもたってもいられず、
「私、また神社に行ってくる。」
と言って、玄関へ急いだ。後ろから「お昼ご飯には帰ってくるんだよ」と、おばあちゃんの声が聞こえた。
水精池の周りを見回したが、カワセミはいなかった。紙に包んだ透明なものをそっと出して私は思った。カワセミが分かりやすい場所に置いて帰ろう。池のほとりの小さな石の祠の上にしようか、と祠に近づくと
「ソレ、ソレ、オトシタ。」
ビクッとして振り向くと、細い木の枝にとまったカワセミが、じっとこちらを見ている。体の割に大きなクチバシ、キラッとした深い青の羽とモフモフしたお腹の山吹色がきれいだ。なにより真ん丸な黒い目がかわいい。
私と目が合い、カワセミは驚いたように羽をパタパタさせたが、逃げることはなかった。
深呼吸して私は思い切って話しかけた。
「これ、カワセミさんのものだよね。私が拾ったんだ。ごめんね。今、返すね。」
と言ってから祠の前に置くとカワセミは頭を小さくフルフルとふって、私を見て言った。
「コレ、トテモ、ダイジ。アリガト。」
そして、サッとくわえて飛び立った。
それを見て、無事に返せてホッとしたのと同時に、大好きな水まんじゅうを食べていないことを私は思い出した。
その日の夜は少し体がだるく、おばあちゃんに言われて早めに寝ることにした。布団に入ると、私はあっという間に眠りに落ちた。
私はまた、水精池にいた。ポチャンという水音がして振り向くと、あのカワセミがいる。
「水明様のウロコを返していただき、ありがとうございました。」
カワセミは昼間とは違い、すらすらと話した。ふんわり丸い見た目と少し合わないような気がする。そんな私を見て恥ずかしそうに、
「私はまだ、外界ですと人の言葉が上手くありません。水明様にお願いして夢に出させて頂きました。あなたとお話ししたくて。」
「えっ、私と?あっありがとう。えぇ・・と私は水涼と言います。」「私は水鞠と申します。」
水鞠はペコリと丸い頭を下げた。
「えぇと、ところで私が拾ったものって水明様のウロコだったの?。」
「はい。水明様は、水が枯れそうな時や穢れてしまった時はご自身
のウロコを一枚はがし、その水に入れ清めるのです。返していただいたウロコは碧水湖の分で、私が湖へ運ぶ途中でうっかり落としてしまったのです。
ウロコをはがすのはとてもお身体にご負担がかかりますので拾っていただき本当に助かりました。近年は湧き水が原因で争ったり、不
浄なものを捨てる人々がいるので、水明様のお身体が弱ってしまわれています。私、身勝手な人間が嫌いになりそうでした。」
静かな水鞠の言葉を聞き、おじいちゃんが碧水湖について話して居たのを思い出し、私は胸が押しつぶされ苦しくなった。
すると、水鞠は青い羽を広げてこう言った。
「でも、水明様はおっしゃいました。宮司はよく仕えてくれている。孫娘も神社に来るたび「きれいな水をくださりありがとうございます」とお礼をしていますよって。だからお優しい水明様のことをお話ししたくて。」
それから水鞠と私はたくさん話しをした。
水鞠はお母さんとはぐれてしまい、水明様に助けられてお仕えしている事。青い真ん丸な後ろ姿をみて水明様が「水鞠」という名前を下さった事。水明様がおばあちゃんの水まんじゅうを楽しみにしている事。
「私ね、何かの声が聞こえてしまうのが、ちょっと嫌だった。でも、水鞠ちゃんと話せて、水明様のことを知ることが出来て、聞こえて良かった。」
パッと目が覚めた。朝日がまぶしいが、体はすっきりしている。朝食も早々に私は夢で見たことを、おじいちゃんとおばあちゃんに話した。おじいちゃんは腕を組んで静かに話しを聞き、おばあちゃんは何度も「うん、うん」とうなずいて聞いてくれた。
それから、おじいちゃんは自治会長さんと一緒にキャンプ場の管理会社や市役所の職員さんと話しをして、あっという間にゴミ捨てや湧き水くみのルールを決め、看板を設置した。碧水湖の清掃活動には私も参加した。
もうすぐ小学生最後の夏休みだ。おじいちゃんと境内の掃き掃除をしながら「水鞠はどうしているだろう」と考えていえると、ポタンっとやわらかい雨が地面に落ちた。
「お、雨が降ってきたぞ。遅い梅雨かな。」
おじいちゃんがうれしそうに言った。